三代目社長のあゆみ 第1話 〜プロローグ〜

みなさんこんにちは。株式会社 大城 三代目社長の大城 仁です。このブログでは三代目社長の生い立ちや日常を綴っていきます。暇つぶし程度にご覧ください!

第一話 〜プロローグ〜

時は1978年3月3日
鹿児島市下荒田にて父:新一、母:良子の元に大城家の次男としてこの世に生を受けました。

簡単な略歴を書くと

共研幼稚園➡︎八幡小学校➡︎天保山中学校➡︎鹿児島工業高校(建設技術系)➡︎九州共立大学➡︎(株)大城と、鹿児島で生まれ育ち、大学で北九州八幡西区へ4年間行き、また鹿児島で過ごすという人生です。

そんな三代目の父方の祖父:次郎は沖縄県島尻郡伊平屋島生まれ。

 

伊平屋島ってどこ???access_02

ここです。沖縄本島の北部に位置します。
海外出兵後日本へ戻り、戦後の混乱の中鹿児島の地で曳家を学び、独立開業し、鹿児島に家族を持ちました。

 

 

 

三代目は沖縄系鹿児島人なのです。実はクォーターなのです!(沖縄のw)

 

 

 

鹿児島では珍しい【大城】という苗字ですが、そもそも【大城】という苗字は沖縄ではスタンダードな苗字。

本土でいう田中さんや小林さんみたいなもんです。

 

 

 

そんな大城家の次男として生まれた仁少年は幼少期より稼業が曳家を中心とした建設業を営んでおり、物心ついた頃より『家は動くもの』という認識を持っていました。

小学生時代から日曜日や祭日には ジャージを着て現場や置き場の片づけをしながら、家が動くのを見てきました。何の疑問もなく。

成長をするにつれ、世の常識を少しづつ学び、

『普通は家は動かないものだ』と知り、衝撃を受ました。

『だってうちの社員は簡単に家を動かしてるよ?』

でもそれは普通ではない。

人ができない事をやっている会社なんだと自覚し始め、特殊事業という観点に魅せられ、『この会社は俺が継いで大きくする』と小学生時代に創業者である祖父:次郎と約束しました。

子供の言い出すことですからあまり深くは考えていなかったことなのですが、創業者である祖父:次郎は 「おお、そうか。お前が継いでくれるか。じゃあ大城組(当時の社名)も安泰だな!」と笑って頭を撫でてくれたのを覚えています。

あの時の約束が現実となり、次男である私がまさかその時の約束を果たす事になるとは・・・

つづく