三代目社長のあゆみ 第5話 〜人生を変えたラグビーとの出会い 1年生編〜

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さて、なんとか努力も実り、鹿児島工業高校へ入学しました私。

鹿工に入ったからには花園目指さねば!と意気込んでラグビー部へ。

正直なめてました。

ラグビーとは軽やかに走り、男らしくぶつかり合う!

カッコイイ事しか見てませんでした。

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が、しかし!現実は

『痛い・キツイ・臭い』

3拍子揃っています。

こんなに過酷なスポーツが世の中にあったのかと思うくらいでした。

とは言っても入部当初からボールが触れるわけでもなく、まず1年生は基礎体力作り。

5km走る→筋トレ→3km走る→筋トレ→声だし&玉拾い

この練習メニューを毎日休みなく約3ヶ月。

入部当初30人を超えていた新入部員は夏には半分まで激減。

私も飯が食えないくらい衰弱し、72キロのポッチャリさんが65キロのスマートさんに変身!

何度もやめようかと・・・

ほんとに毎日溜息しか出ませんでした。

が、しかし、何のために鹿工へ来たのか!

みんなキツイのを乗り越えて頑張ってる!

ここで負けてたまるか!と奮闘し、何とか続ける事ができました。

私の人生において未だかつて高校1年生の時よりきつかった記憶はございません。

もし人生をやり直してまたラグビーをするとしても高校2年からがいいです(笑)

そうして今までの甘っちょろい15年間の人生をコテンパンに打ち砕かれ、新たな鹿工ラグビー部員としての人生が始まりました。

当時の我が鹿工ラグビー部は鹿児島県では鹿実と2強時代を築いており、1年生、2年生の時は花園連続出場を果たしていました。

私はもちろん補欠でしたが。

自分が1年生の時の3年生の先輩たちは、本当に同じ高校生か?と思うくらい気合も筋肉も発達していました。入学当初の15歳と2年間の荒波にもまれた17歳の2年の違いは凄まじいものがあります。

神の3年生、平民の2年生、奴隷の1年生。

練習時は「水を飲んだら体力がなくなる。練習中は水を飲んではいけない」という、今では都市伝説のような教えが疑いもなく信じられていた時代です。

練習中に水を飲むのが許されるのは2年生以上。あの時初めて「人間、限界だと言えるうちは限界じゃない。」ということに気付かされました。本当に限界を迎えた人間は「限界です!」とか、「もう無理です!」とか言えません。

本当に限界を迎えた人間は、黙って倒れます。。。

水が飲めないのに走らされ、喉がひっつくあの感覚。今でも忘れられません。

あの時は流れる便所の水でさえ飲みたいくらい追い込まれてましたね。水たまりの水はコーヒ牛乳ではなく、ただの苦い水ですw(飲んだ人の経験談)

これはラグビー部だけではなく、他の部活にも共通して持たれていた共通認識でした。

気合と根性があればなんとかなる!っていう時代。

人生後にも先にもあれほど過酷な時期はありませんでした。

そのおかげで多少の試練ではビクともしません。動じません。

逆に少々のことでヘコタレる人とは今でも仲良くなれませんw

今の自分につながる精神力を培った大切な1年間でした。

つづく